誰が副流煙を吸うのか

『喫煙と健康』国立がん研究センター 2020
https://ganjoho.jp/public/qa_links/brochure/leaflet/pdf/tabacoo_leaflet_2020.pdf

 受動喫煙の害を言うときにa副流煙には、主流煙の数倍もの有害物質が含まれる」という言葉がよく使われます。

その根拠はある。厚労省が煙成分のデータを公開してますからね。これで見比べれば確かに有害物質は、主流煙より副流煙が多くなる。

するとここからb受動喫煙者は喫煙者よりも有害な煙を吸わされてる」とか言う人が出てきます。

それってどうなんだ? というお話です。

国語のテストだったら、確かにそれで正解です。
aの文章で作者は何を言いたいのか? 答え:b」ですね。

ただ自分の頭でものを考えるというのは、こういうのと違う。
現実的・科学的に見れば、bの答えは正しくないのです。註1

なんで? こういうことです。

Ⅰ平成11−12年度たばこ煙の成分について(概要)
https://www.mhlw.go.jp/topics/tobacco/houkoku/seibun.html
計算の元となった数値は、主流煙・副流煙の各成分総量です。

喫煙者が主流煙を100%吸い込む(口腔内に入れる)のは当然として、受動喫煙者が副流煙を独り占めする(100%吸う)ためには、タバコの火に口をつける(鼻の穴でも良し)しかないのですね。

異常事態です。

拷問か虐待でしかあり得ない、イチャイチャするにしたってこれはない、というシチュエーションですね。
例えば僕が人と向き合うなら、このくらいの距離が限界です。

これだともう、ルビンの壺には見えませんね。
一応、60㎝くらいの小さめテーブルを挟んで向き合うという想定です。

さてこうして見せたら、ご理解いただけると思います。

副流煙は確かに、近くにいる受動喫煙者も吸い込むでしょうが、能動喫煙者だって副流煙を吸い込む。
そしてもひとつ、通常は能動喫煙者の方が、副流煙に多く晒されるものなのです。

とにかく頑張って、能動喫煙者以上に副流煙を吸い込まないことには、「受動喫煙者が喫煙者よりも有害な煙を吸う」ことは出来ないのです。

こういう感じでしょうか。
まあ、あり得ないとは言えない。
ただこれもかなり特殊な状況ですね。

このシチュエーションがあり得ることをもって「受動喫煙者は喫煙者よりも有害な煙を吸わされてる」と一般化されても、挨拶に困ります。

ただこういう話をすると、数字を上げて説明しないと納得されない、困った人というのが大抵どっかにおられます。
仕方がないのでデータでご覧いただきましょう。

能動喫煙者と受動喫煙者が、どのくらいの副流煙に晒されるかというものです。

ⅡCFD解析による受動喫煙性状の検討 1999
https://www.jstage.jst.go.jp/article/seisankenkyu/51/1/51_1_65/_pdf

この実験は、換気扇のあるオフィス内で喫煙者と非喫煙者が向き合ったかたちを想定して、呼出煙と副流煙がどう拡散していくかのシミュレーションです。

床面積が5.72㎡(およそ3畳半ですね、けっこう狭い)容積としては15.4㎥になります。
換気扇は非喫煙者側の壁にあるので、非喫煙者が風下ですね(風速0.12 m/s風量51.48㎥/h)。

採集されたデータは、こうなってます

6つのケースが示されてます(左欄「p-q」のかたち)。
pについては
1:呼出(煙の吐き出し)が控えめ(0.5m/s)
2:呼出が普通レベル(4.0m/s)※これが普通かはやや疑問
3:部屋に攪拌風速2.0m/sを与えて、空気(煙)を攪拌させる
qについては
1:二人の距離が1.3m
2:二人の距離が0.6m
で、見れば分かるとおり、どのケースでも副流煙により多く晒されるのは、喫煙者の方です。
60㎝という煙福亭的に限界「顔近い」距離でもそうなるのです。

つまり、どういうことか。

a副流煙には、主流煙の数倍もの有害物質が含まれる」と言明することには、或いは主流煙と副流煙の成分量を比較することには、意味がない、ということです。

それぞれの成分量を調べてみるのはいいけれど、「受動喫煙の害」としてaみたいな形で広報する意味はない。

主流煙を吸うのは喫煙者、副流煙を吸うのは受動喫煙者」という図式にはならないからです。

意味があるとしたら能動喫煙者に対して「君らは主流煙だけじゃなく、それより有害な副流煙も吸ってるんだぜ」と教えてあげることですが、これもほぼ無意味でしょう。
だって、自分の吸ってる煙の成分量をmgやμg単位で知ってる喫煙者なんて、僕くらいですからね(後で出てきますが、成分表とにらめっこする経験を経たからです怒)。

じゃあなんで、厚労省も医師会も地方自治体も、HPやパンフレットで態々こんなことを書くのか?

都合のいい数字が見つかって喜んじゃったのか?
もしそうではないとしたら、
それはaを読んだ人達に、国語テスト風に単純に、誘導された答えbを出してほしいからでしょうね。
「答えb」まで自分で書いてしまうと、科学的には嘘になってしまう。
だから頭のいい学者さんや官僚さん達は、自分では言わずに「アイツらきっと頭が悪いから[答えb]を自分で出して、勝手に信じちゃうだろ」と思って、[a]だけを書く訳ですね。

皆さんはつまり、学者や官僚に、バカにされてるんですよ。


実は先日、現実の場面で「副流煙の方が主流煙より有害だ」と言われてしまったんです。
面と向かって言われてしまうと、僕なんかは本当にあいさつに困ります。
「だから何?」っていう本当のことは、僕にはとても口に出せません。

人付き合いって難しい。

「副流煙の方が主流煙より有害だ」ってことには意味がない。
けれど現実のお付き合いのなかでは、言わせてしまったらもう負けなのです。

なのでこんな無駄な記事を書きました。

事故が起こった後での予防策ですね。
あんまり頭のいい人がやることではありません。



註1
まあ煙福亭はその国語テストくらいでしか点が取れなかったのですが。
「出題者がなにを言いたいか」ってつまり、空気を読むだけのつまんないスキルですよねー。
今後はたぶん、AIで十分そう。

[余録]『タバコQ&A』はヤバいよ

言わせてしまったら負けなんですが、言ったもん勝ちというのではあまりに下品です。

しかしそういう人たちがいます。

https://www.tokyo.med.or.jp/wp-content/uploads/application/pdf/nosmokingQandA.pdf

東京都医師会が出しているパンフレット『タバコQ&A』からです。
ここから入手することができます。https://www.tokyo.med.or.jp/nosmoking

問題はこのグラフ部分ですね。

「数倍」どころじゃありません。121倍や2565倍、なんてものまであります。
他だとあんまり、こんな恐ろしい数字は出てきません。
こんな感じとかです。

一酸化炭素とタールがかぶってますが、数字がかなり違います。
どっちが正しいの?
ていうか、国立がん研究センターの言う「数倍」はデタラメだったの

いやそうでもないかもです。
検証してみましょう。

まず上の表の2.8倍や30倍って数字ですが、これはおそらくは厚労省の『最新たばこ情報』から情報を拾ってます。だからその点で、嘘ってわけではない。
https://www.health-net.or.jp/tobacco_archive/risk/rs120000.html

そして国立がん研究センターの『たばこリーフレット』にある「数倍」ですが、これは元になったであろう厚労省の「平成11−12年度たばこ煙の成分分析について(概要)」の数字から計算してみると分かります。註2

I平成11−12年度たばこ煙の成分について(概要)
https://www.mhlw.go.jp/topics/tobacco/houkoku/seibun.html

分析表の一部を紹介しますと、↑こんな感じ。

解説しますと、
たばこ7銘柄について、主流煙と副流煙それぞれに含まれる粒子やガス成分の量がまとめてあります。

「標準的」「平均的」というのが何かというと吸い方の違いで、ただし副流煙については「標準的」の方しかデータが載っていないので、比較するなら主流煙も「標準的」を採用するべきでしょうね。※と、簡単に言ってますが、あとで一番下の註2を読んでください

さてじゃあ『たばこリーフレット』にある「数倍」の意味です。


7銘柄の平均値をとって比較するとして、成分毎に量を比較すると例えば、
副流煙中のホルムアルデヒドは主流煙の18.8倍、ベンゾピレンだと14.7倍になります。
数倍より高い、十数倍ですね。
けれどこういう10倍以上に差のつく成分は、そもそも含有率が低いのです。

副流煙947mg中、ホルムアルデヒドは446μgで、0.04723%。ベンゾピレンなら0.01355%。
これに対して、副流煙だと5.9倍量になる一酸化炭素は、5%の含有量になります。
桁がふたつ違います。

つまり「有害物質総体」で比較するなら、「数倍」と言っておかしくはないと思えます。

じゃあ見てみましょう、『タバコQ&A』です。

グラフに添えられてる[出典・参考文献]をみるに、計算の元となってるのは上で使ったのと同じ「平成11−12年度たばこ煙の成分について(概要)」ですね。

なので同じく7銘柄の平均値で比べた数字と、『タバコQ&A』のグラフに書かれた数字を並べてみましょう。

全然違いますね。

どうしてなのか。

元の成分表をよくよく見比べて、計算してみれば分かります。
分かるのにすごく苦労しますが、分かってみるとガッカリします。

どうして違ってくるのか。

計算の仕方が違うからです。

『タバコQ&A』のグラフにある数字は、成分表にある7銘柄のうち「フロンティアライト」だけを使って、主流煙副流煙の比較を行っていたのです。

じゃあなんで「フロンティアライト」だけを選んだのか?

「重量」つまり煙の総量である項目をみれば分かります。
実は「フロンティアライト」だけが、主流煙よりも副流煙の方が多いのです。

主流煙:875mg
副流煙:878mg

僅かな差ですが、それでも各有害成分の「副流煙/主流煙」その倍率が大きくなり易いだろうという目星はつけられます。
で、実際に計算してみれば、そうなるのです。

実のとこ、副流煙に含まれる成分量は各銘柄であんまり差がないのですが、主流煙における含有量は、銘柄によって差が大きい。ことに「フロンティアライト」は、主流煙中の有害物質が、他と比べてやたらに少ない。

なので「フロンティアライト」だけで有害成分それぞれを比較すれば、主流煙中に対する副流煙中の含有量は、他で比較するよりも高くなるのです。

…………セコい。
統計において一番やっちゃいけないこと、恥ずべき捏造が、都合のいいデータだけを抜き出して分析結果を出すことですが、これを彼らはやっちゃってるのです。
うんまあ……ギリギリ、嘘ではない、のかも知れません。
「フロンティアライト」に限ってだけ計算すれば、確かにグラフの数字が出るのです。
「計算結果自体には嘘はない」、うんまあ、そうだよね。
だから僕は、かなり相当控えめに表現して、これを下品だと言った訳です。

『タバコQ&A』は、ヤバいのです。


註2
「元になったであろう」とか言ってますけど、本当のとこは分かりません。
ここで使ったデータは「平成11−12年」の、けっこう古い調査であって、この後にも何度か成分調査は行われているからです。

その後の調査報告で重要なのは、これでしょうか。
Ⅲ「タバコ煙の成分に関する調査」2015
https://mhlw-grants.niph.go.jp/project/25303

この論文はⅣ『喫煙と健康 平成28年版』(いわゆる第三次たばこ白書)の第2章第2節に、ほとんど全文が引用されています。
https://www.mhlw.go.jp/content/000550455.pdf

……ということに、ここまで書いて初めて気づきました。

だって長過ぎるんですよ、『喫煙と健康』。PDFで615ページあります。僕も何回か読みましたけれど、覚えてないことばっかりです。

けれどそれだけに、学べることは多い。

実は『タバコQ&A』をヤバいと申し上げた、主流煙:副流煙中の有害成分比の問題。

僕はてっきり、彼らも同じように地道な計算をして、受動喫煙の害を喧伝するための最適解をみつけたのかなぁと思ったら、違いました。
74ページ(PDFだと102p)にちゃんと、一覧表(主流煙及び副流煙の比率)として載ってます(平均値はなし)。
これを見れば一目瞭然、「フロンティアライト」をとれば最も倍率が高くなることが分かる。
他と隔絶して高いので、普通の神経をしていたらこれだけを採用して「副流煙と主流煙の比率」なんて言えないことが分かります。

そしてもういっこ、Ⅳ『喫煙と健康 平成28年版』を読めば学べる、重要なことがあります。

厚労省の言ってる「副流煙:主流煙の成分比」は、正しい数字なのか? です。

この成分表の解説として、吸い方のシミュレーション法として、「標準的」「平均的」という違いがあると話しました。
主流煙については両方の数値が載っていますが、副流煙については「標準的」しかないので、「標準的」で比較するしかない、と。

「標準的」「平均的」というのは今では「ISO法」「HCI法」と呼ばれています。
違いは3つ。
1に喫煙間隔。何秒に1回吸うかです。
2に吸煙量。1回で何ml吸うのか。
最後に測定の際、フィルター部分の通気孔を塞ぐか塞がないか、です。
Iの成分表に”開放””半分封鎖”となっているのがこれで、しかし現在ではこれを”完全閉鎖”としているらしいです。
まとめると、こうですね。

ISO法は以前からタバコ会社が使っていたものです。
これに対し「現実を反映していない」という批判から提案されたのが、HCI法であるらしいです。

何秒に一回、一回で何ml吸うのが現実的・一般的かは知りませんが、
通風孔を塞ぐかどうかで言えば、”半分閉鎖”はまあアリ、”完全閉鎖”はどうかなと思います。

とにかくHCIの方が、主流煙が多く採集されるってことですね。
それで今ではHCI法が主流になってるということです。

さてしかし、この記事の話題からすると、こういう問題が出てきます。

「じゃあ副流煙もHCI法で採集・測定したのか?」

Iの成分表にはなかった。
Ⅲでも主流煙しか測定してない。
だからⅣ『喫煙と健康』でも、「副流煙と主流煙の比率(SS/MS)」一覧表だけは、”標準的”=”ISO法”の測定値から計算してるんですね。

それのなにが問題かと言えば……

Ⅳ『喫煙と健康』の65ページにはこう書かれています。

「副流煙は、ISO法の場合だと主流煙が60秒間に2秒捕集されるのに対して、残り58秒を全て捕集する。そのため副流煙の各種化学物質は、主流煙より高値になる」

ISO法では、主流煙MSが少なく採集され、その分副流煙SSが高値になる。
HCI法では、主流煙MSが多く採集され、その分副流煙SSは……。
ということです。

すると「副流煙/主流煙(SS/MS)」、ここで検証していた「副流煙には主流煙の○○倍の有害成分が含まれている」というその数字がどうなるか。
ISO法で比べた方がHCI法より数字が大きくなるに決まってるのです。

[余録]ではあれこれ計算した結果、国立がん研究センターがどうとか東京都医師会がどうとか言ってましたけれど、計算の元になってた厚労省の数字がすでに操作されたものだったら、もうしようがない

測った数字を隠したのかそもそもHCI法で副流煙を測らなかったのかは知りません。けれど、

上に引用した「ISO法だと副流煙の化学物質は主流煙より高値になる」と言ったその同じ65ページで、「副流煙と主流煙の比率(SS/MS)」一覧表を示しつつ、彼らはこう言うのです。

「SS/MS比の数値の高さから分かる通り、副流煙が主流煙より多くの有害化学物質を含むことが分かった」

厚労省の言ってることを整理します

「HCI法の方がISO法より、望ましい主流煙の採集ができる」

「ISO法の場合だと、副流煙の各種化学物質は、主流煙より高値になる」

「ISO法での測定からSS/MS比を計算」

「SS/MS比から、副流煙が主流煙より多くの有害化学物質を含むことが分かった」

いけしゃあしゃあと……、と、僕なんかは思ってしまうのです。

『喫煙と健康』、学べることは確かに多い。けれど学べる内容がやっぱりセコい。
こういう話が600ページに渡って書かれていれば誰も読みたがらないのも仕方ない話で、むしろこんなものを熟読する日本禁煙学会の人たちや、煙福亭の方が人としておかしいのです。



註だと思って書いてたら本篇だった! でした。
タバコについての客観的事実を知ろうと思えば基本的なデータを押さえることが重要になりますが、この大元の数字を探し出すのに、僕はいつもめちゃむちゃ苦労します。
なので「これは基本だよね」と思った資料には、頭にローマ数字をつけておきました。
ここに再度まとめて、リンクを示しておきます。
(なのにこれすら鵜呑みにはできないという、とても悲しい事情がある。というのが註2でのお話でした)

Ⅰ平成11−12年度たばこ煙の成分について(概要)
https://www.mhlw.go.jp/topics/tobacco/houkoku/seibun.html

ⅡCFD解析による受動喫煙性状の検討 1999
https://www.jstage.jst.go.jp/article/seisankenkyu/51/1/51_1_65/_pdf

Ⅲ「タバコ煙の成分に関する調査」2015
https://mhlw-grants.niph.go.jp/project/25303

Ⅳ『喫煙と健康 平成28年版』(いわゆる第三次たばこ白書)
https://www.mhlw.go.jp/content/000550455.pdf

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